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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)8017号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

そこで、以下、右解約申入に正当事由があるかどうかについて検討することとする。

1(賃貸人側の事情)

まず、賃貸人側の事情について検討するに、<証拠>によれば、次のような事実が認められる。

(一) 原告両名は本件建物の東側に隣接する建物に居住している者であるが、原告八重蔵は明治二九年生れ(昭和五七年当時八七歳)の高令で、高血圧症兼動脈硬化症、冠不全のため昭和五六年六月から通院中であり、数年前まで時折はしていた次男清の左官業の手伝いも全くできなくなり、日常生活にも不自由を感じる状況にある。また、原告にわは明治三九年生れ(昭和五七年当時七七歳)で、変形性脊椎症で歩行が困難なため常時杖を用い、昭和五七年一月以来その治療のため通院を続けており、さらに同五九年八月二〇日からは高血圧性脳症、脳硬塞のため入院加療するにいたつた(右各年令の点は当事者間に争いがない。)。

(二) 原告両名には三男四女があり、ほとんどの者は成人独立してそれぞれの家庭を構えているが、長女和子だけは、一度結婚はしたものの、その後子供を儲けないまま離婚して実家に帰り、五、六年前から右原告ら居住建物において両親と同居するようになつた。しかし、自らの生計を支え、さらには老後に備えるべく昼間は会社の賄婦として働きに出、夜も遅くまでパートタイマーとして近くで働いているため、両親の身の回りの世話や介護をする余裕はなく、また、その他の子女もそれぞれ別居しているため、両親の介護に遺漏なきを期することのできる状況にはない。

(三) もつとも、原告らの次女川本八重子は、夫と死別した後、長男健一(昭和三〇年生)に扶養されながら平野区瓜破一丁目の市営住宅において同人と同居して暮しているが(市営住宅に居住していることは当事者間に争いがない。)、特に定職に就いているわけでもないので、いつでも両親の近くに転居してきてその面倒をみることのできる状況にあるところ、原告らの現在建物は建坪一五坪程度の二階建居宅で、その間取りは、一階が約六畳の食事部屋、四畳の和室、三畳程度の板の間、二階が六畳及び八畳の二間というものであり、このうち一階四畳の和室は原告にわが、二階六畳の間は原告八重蔵が同八畳の間は和子がそれぞれ使用しており(この使用状況については当事者間に争いがない。)川本八重子親子を受け入れるには必ずしも十分な場所的余裕があるわけではない。

(四) しかるところ、昭和五七年一月一〇日ころ、原告にわが自宅一階の食事部屋において七輪で豆炭を燃焼させ、それで煮物をして食事の用意をしていたところ、換気が良くなかつたため一酸化炭素中毒にかかつてその場に倒れるという事故が発生したが(この事故の発生については当事者間に争いがない。)、二階に居た原告三重蔵はそれに気付かず、たまたま原告方を訪ねて来た次男清の妻がこれを発見して直ちに救急車を呼び、病院に入院させて加療したので、重大事には至らないで済ますことができた。

(五) しかし、このような事故の発生を経験した原告ら及びその子女らは、このままの状態で原告らを放置しておくことは危険であり、早急に何らかの方策を講ずる必要があると考えるようになり、相談の末、そのための具体的な方法としては、被告から本件建物の返還を受けてこれを居住用に改造した上、原告ら居住建物との間の障壁を取り除いてこれを右居住建物と一体の建物とし、そこへ前記川本八重子親子を入居させて八重子に両親の介護に当たらせるのが最も妥当であるとの結論に達するに至つたので、同年五月四日、原告八重蔵から被告に対し、その旨の理由を付して本件賃貸借契約を解約する旨の通告をすることとした。

(六) ところで、原告八重蔵は、その居住建物の東側に(本件建物と反対側)隣接して本件建物と同規模の建物二戸を所有し、その一戸を他に賃貸し、いま一戸を左官業を営む次男清に左官用の道具類の置場として使用させているが、このほか、右原告居住建物の道路一つ隔てた南側には長男忠太郎所有の工場建物と居宅とがあり(以上の点は当事者間に争いがない。)、その居宅はかなり以前から空屋になつている。もつとも、右の空屋は建物全体のいたみがひどくて内部は荒廃状態にあり、居住の用には供しえない状態であり、また、次男清はその居住建物が狭いため、右道具類の置場を自宅もしくはその周辺へ移すことは困難である。

なお、右忠太郎は各種木箱、パッキングケースの製造等を業とする三和包装産業株式会社の代表者であり、大阪府寝屋川市において家族五名でかなり豊かに暮らしているが、原告ら夫婦は、自宅を所有して生活することが可能である以上、息子らの家族に迷惑をかけたくないと考えており、差し当たつて長男方において同居する意思は持つていない。

2(賃借人側の事情)

次に、賃借人側の事情について検討するに、<証拠>を総合すれば、次のような事実が認められる。

(一) 被告は、本件建物の西側十数メートルの場所に鉄筋コンクリート造三階建の建物を所有し、その二階部分と一階部分の一部に居住しながら、一階の店舗部分において従前より酒類の販売業を営み、これによつて妻及び娘の三人家族の生計を継続している者であるが、本件建物は、本件賃貸借成立当初より右酒類販売業のための商品や空ビン等を置くための倉庫として使用されている(右建物所有、被告の営業及び本件建物の使用状況については当事者に争いがない。)。

(二) 酒類販売業を営むためには、販売商品の種類が多いことやつねに多数の空びんを回収してくることなどから、かなり広い面積の倉庫ないし物置場が必要であり、これがなければ右営業は困難であるが、本件建物の近隣には、本件建物に代わる適当な倉庫用建物として賃借できるような建物は見当たらない。

(三) しかして、被告所有の右三階建の建物の一階部分には、酒類販売の店舗部分に接続して二戸分の店舗があり(この点に当事者間に争いがない。)、内一戸は昭和五八年の年末ころまで、他の一戸は同五九年二月ころまで他に賃貸していたが、いずれもそのころ契約を合意解除して明渡しを受けながら、被告の酒類販売業のための倉庫として使用するには狭すぎるとしてそのまま明けておき、いずれも数か月後、再びこれを他に賃貸してしまつた。

(四) 昭和五七年二、三月ころ、右三階建建物に隣接する土地の上に被告の長男が鉄筋コンクリート造三階建の建物の建築に着手して数か月後これを完成させ、現にこれを居宅として使用しているところ、かなりの面積のある同建物一階部分は、タクシー会社に勤務している右長男の通勤用の自動車のガレージとして使用されているが、このガレージについても、被告は、世帯を別にしている長男に対しこれを右倉庫用に使用させてほしい旨を申し出るようなことはできないとして、本件建物に代わる倉庫として右ガレージを利用する意向を持つてはいない。

3(双方の事情の比較考量)

以上認定の原被告双方の側の事情を比較検討するに、原告及び被告双方が、ともに本件建物の使用を必要としていることは右にみたとおりであり、前必要の程度においても甲乙つけがたいようではあるけれども、右2の(三)及び(四)に認定したような事実関係からすれば、被告が本件建物を使用することができなくなることによつて生ずるであろう事態の深刻さの程度は、原告八重蔵が本件建物の返還を受けられないことによつて生ずるであろう事態の深刻さの程度には劣るものとみるのが相当であつて、被告においてそのような事態を真に憂えていたのであれば、右2の(三)及び(四)とは異なつた状況の推移があつたに相違ないものといわざるをえないのである。

しかして、右の点及びその他前認定の諸事情を総合して考えるならば、原告八重蔵が被告に対して本件賃貸借の解約申入をした昭和五七年六月二二日の時点においてすでに正当事由が存在したとみることは若干困難であるとしても、本訴提起後、同原告において相当額の立退料の提供の意思を表明し、かつ、右認定のごとき事実関係が生じた昭和五九年二月末ころまでには正当事由が具備されるに至つたものと判断すべきであり、また、右立退料の額としては、約三年分の賃料にあたる金一〇〇万円をもつて相当とするというべきである。

しかるところ、賃貸人において賃貸借契約の解約申入に基づく建物の明渡請求を維持継続し、その訴訟係属中に正当事由が具備するに至つたときは、その時点から六か月を経過した時に該賃貸借契約は終了するものと解するのが相当であるから、本件賃貸借契約も、遅くとも昭和五九年八月末日の経過とともに終了するに至つたものといわなければならない。

(藤原弘道)

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